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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2281号 判決 1969年4月30日

申請人

斎藤理一郎

代理人

小見山繁

外三名

被申請人

日本工管株式会社

代理人

和田良一

外三名

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

被申請人は申請人に対し、金八〇六八二〇円および昭和四三年一月以降本案判決確定に至るまでの間、毎月二五日かぎり一ケ月金三九、五五〇円の割合による金員を仮りに支払え。

申請人のその余の申請は却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請理由(一)記載の事実(編注・雇傭契約の成立)、被申請人が申請人に対し、昭和四〇年六月三〇日懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、被申請人において昭和四〇年当時施行されていた就業規則に懲戒解雇の基準として被申請人主張のような該当条項の定めがなされていることは、申請人の争わないところである。

そこで、右解雇の意思表示の効力について以下検討する。

二申請人が昭和四〇年六月二三日被申請人の許可を得ないで勤務地であるサイゴンより帰国したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によると被申請人はその業務の特殊性から、従業員が海外事務所に勤務する割合は極めて高く、しかもその海外勤務の性質から従業員が被申請人の許可なく帰国することは業務に支障を来すのが通常であることが認められ、被申請人の右行為は前記就業規則第九章第四〇条第四号「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を紊したり、紊そうとしたとき」という懲戒解雇事由に一応該当しているといえよう。

しかし申請人は右懲戒解雇の意思表示は解雇権の濫用であると争つている。

(一)  先づ申請人が無許可帰国に及んだ諸事情について考察する。被申請人が申請人に対し昭和三九年八月インドネシア出張を命じ、申請人が右命令にしたがい同年九月同地に赴いたこと、同四〇年一月被申請人はさらに申請人に対し、サイゴン出張を命じたので、申請人は同年二月一日被申請人の許可を得て一時帰国したうえ、同月一八日、同地に出発したこと、申請人が同地に到着した後、同月二六日に被申請人は申請人に対し、同地に出発前に指示したEDVの水理実験所の建設のための技術援助のほかに近く帰国することになつた被申請人サイゴン事務所長淵本正宏の業務のうちダニムダムの漏水調査とダニム河の流量測定を引継ぐよう命じたこと、申請人は被申請人に対し同年五月二六日右水理実験所に関する業務の完了を理由に帰国許可願を提出したところ、被申請人は右願を拒否し、同年六月一日申請人に対しあらためてサイゴン事務所転勤を命じたこと、そこで申請人は被申請人に対し同年六月七日、再度一時帰国願を提出したが、被申請人はこれに対し回答しなかつたことは、何れも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると左記の事実が推認でき、これに反する疎明は採用しない。

(1)  申請人は昭和四〇年五月にはEDVの水理実験所建設のための立案を報告書にまとめ、これをEDVの担当者あてに提出し、所期の業務は一応完了したこと、そのため前記のように業務完了を理由とする第一次帰国許可願を被申請人に提出したこと、申請人が被申請人から引継ぐよう指示された前記淵本所長の業務はダニムダムのアフターケア、即ち漏水調査の外ダニム河の二期三期工事のため流量測定、ラニア河の流量測定、セサン、スレポツク河に関するEDV所有の資料調査であり、これらは被申請人の残務整理、今後のプロジクトに必要な現地資料の収集、整理、本社への送付にかぎられるところ、ダニムダムの漏水調査は、当時、現地が雨季に入つたため作業が著しく困難であり、ダニム河の流量測定は被申請人において現地に記録計を具え、現地採用の日本人を使つて、時々記載を収集するようにしており、特に申請人が現地に行く必要がなく、その他の業務もサイゴン事務所の他の社員によつて代替しうるものであり、申請人は被申請人から引継の指示を受けた後にもEDVの水理実験所建設のための技術援助の業務のみに専念していたが、同事務所としては特に支障なく業務が遂行されていたこと、加えて、当時、ベトナムにおける戦局の激化に伴い被申請人において同事務所の縮少ないし閉鎖が検討されていたので、これらの業務も特別の緊急性、重要性を有していなかつたこと、以上の事実から当時申請人がサイゴンに留らなくてはならない被申請人の業務上の必要性は少なかつた。

(2)  申請人は前記のように昭和三九年九月二一日インドネシア出張後、同四〇年六月七日、サイゴンにおいて、被申請人に一時許可願を提出するまで、その出張期間は通算約一〇ケ月に及び、まもなく一年になること、その間、申請人は被申請人から一八日間の帰国が認められたが、帰国中もサイゴン出張の準備等会社業務のため毎日、被申請人本社に出頭していること、被申請人には従業員が海外に一年間出張した場合には、一月の休暇が与えられる旨の内規があるが、この出張期間は必ずしも厳格なものでなく、場合によつては一年を経過しなくても休暇が与えられること、その場合、海外事務所の業務上の都合を勘案して、当該所長の判断により適宜きめられること、申請人は前記のとおり被申請人によつて、出張から転勤に切り換えられたが、右転勤には期限がなかつた。しかも被申請人においては、転勤は出張に比して在勤期間が長期にわたるのが通常であつた。

(3)  被申請人の南ベトナムにおける業務は、その特殊性から、多少の危険を伴うものであるところ、申請人在勤中、雨季に入つて、ベトコンとアメリカ軍、南ベトナム政府軍との間に戦闘が激化し、サイゴン地区においてもベトコンによるテロ行為が続発し、又、同四〇年四月三日被申請人サイゴン事務所の通訳がベトコンに連行され、同月一五日には被申請人フアンラン建築事務所において被申請人の下請であるブルトーザがベトコンに破壊され、同月二八日被申請人社員三名がベトコンに連行され、同五月一八日から同六月一二日にかけて被申請人社員三名が測量中ベトコンから敵対行動を受けたことなどのことがあり、さらに申請人のサイゴン宿舎は近くに南ベトナムの兵営、アメリカ軍将校宿舎などがあつて、ベトコンのテロ行為の目標にされるおそれを感じられ、又申請人の業務遂行に際しての保護態勢も必ずしも十分なものともいわれず、右諸情勢の下で申請人は南ベトナム勤務の危険は深まつたものと感じ、本国に妻子をおき単身赴任しており、かねて妻は病身であつた(証拠は妻基江は分裂病の素因があることを示している)ので万一の場合に具えて転勤の発令を機に一時帰国し、身辺の整理をする必要性を痛感した。そこで、申請人は右転勤命令を受けたので、身辺の整理をする必要があるとして一時帰国願をなした。被申請人サイゴン事務所長も前記申請人の一時帰国願を相当と認め、同月八日付で被申請人に対し申請人の業務が一段落したこと、出張期間は通算一〇ケ月になり、又、同年八月には同事務所の他の社員二名も帰国し、不在となる点から申請人をその際早急に帰国させるよう上申していた。(被申請人においては前記認定のとおり海外出張者の帰国については海外事務所長の意見を尊重するのが通常であつた。)

(4)  申請人の第一回帰国許可願は、同年五月二六日サイゴン事務所長に対して提出されたところ、翌二七日に東京都所在の被申請人本社に受付けられ、同日中に右許可願の却下と申請人のサイゴン事務所転勤通知が川口市所在の被申請人技術研究所の所長を含め、社内の決済を経て、同日中にサイゴン事務所あて発信されるなど極めて迅速に処理されているにもかかわらず、前記のとおり申請人が六月七日、再度、被申請人に対し一時帰国願を提出したところ、六月二三日までにその回答がなかつた。(それは当事者間に争いがない)

以上の次第で、申請人は前記のとおり被申請人の回答をまたずにかねて被申請人が申請人に交付していた復路航空券を使用し、被申請人の転勤命令に応ずることを前提にして、一時帰国に及んだものである。

(二)  被申請人は申請人の右無許可帰国が就業規則第四〇条第四号に該当するとして前記のとおり懲戒解雇にしたのであるが、申請人本人尋問の結果によれば六月二六日帰国後申請人本社に出社した申請人に対して、被申請人は何等事情を聴取することがなかつたことが認められ、これに反する疎明は採用しない。

(三) 以上の各事実を総合すると、申請人の右無許可帰国は、それ自体、被申請人の就業規則の懲戒解雇事由に該当しているものと一応認められるが、申請人の右無許可帰国は、前記の諸事情の下に、それは、被申請人が申請人の一時帰国願について、相当の期間内に許否を決しなかつたことから速かな身辺の整理の必要を痛感してやむなく行つたもので、いささか、早まりすぎたとの感がないでもないが、被申請人が申請人に対しただちに懲戒解雇の意思表示をしたことは、右処分までの間、前記の帰国以外に責めらるべきもののない申請人に対する処分としては社会通念上酷に失し解雇権の濫用として無効である。

申請人のこの点に関する主張は理由がある。

三よつて、本件解雇は一応無効であるから、申請人は被申請人に対し労働契約上の権利を有し、被申請人が本件解雇後申請人の就労を拒んでいることは当事者間に争いがないから、被申請人に対し解雇後の賃金請求権を有するというべきである。

弁論の全趣旨によると、申請人は被申請人から受ける給与で生活を維持しており、後記のとおり昭和四一年、同四二年中にそれぞれ収入を得ているが、このほかに他から継続して収入を得ていることを認めるべき疎明もないから本案判決の確定までの間なんら労働契約上の権利を有しないものとして取り扱われることにより申請人は回復しがたい損害を受けるおそれがあるといえる。

ところで当事者間に争いのない事実によると本件解雇当時に申請人の得ていた賃金月額は、基本絡金三三、七五〇円、家族手当金二、八〇〇円、資格手当、住宅維持費、借家補給金各金一、〇〇〇円合計金三九、五五〇円であり、賃金は毎月二五日支払いであり、これによつて、昭和四〇年七月から同年一二月までの得べかりし賃金を計算すると金二三七、三〇〇円となり同四一年、同四二年度の得べかりし賃金はそれぞれ金四七四、六〇〇円となるところ、<証拠>によれば、申請人は昭和四一年度に金三六〇、〇〇〇円、同四二年度に金二四〇、〇〇〇円の各収入を得ていたことが一応認められる。

ところで本件において申請人は被申請人に対し解雇期間中の全額請求権を有すると同時に解雇期間中に得た利益を償還すべき義務があるところ、申請人の最低生活を保障するため控除の限度は平均賃金の四割までとするのが相当であるから前記のとおり昭和四一、四二年度の各得べかりし賃金額から前記収入額を控除すると右限度を超過することになるので、右四割の限度まで控除すると昭和四一、四二年度の得べかりし賃金額は、それぞれ金二八四、七六〇円となる。よつて、被申請人は、申請人に対し昭和四〇年度の金二三七、三〇〇円と同四一、四二年の各金二八四、七六〇円の各得べかりし賃金の合計金八〇六、八二〇円および昭和四三年一月以降本案判決確定に至るまでの間、毎月二五日かぎり月金三九、五五〇円の支払を命ずるのが相当である。

四よつて、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在と必要性につき疎明があるから、其の余を判断するでもなく、保証をたてさせないで、前記の限度においてこれを認容することとし、その余の申請を却下し申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、主文のとおり判決する。(浅賀栄 豊島利夫 大川勇)

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